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『人的資本政策と所得分配』:section5.6

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5.6 訓練での市場の失敗?編集

 この部分では、これまで概略を述べた非競争的な理論の政策的な意味合いについて論じる。われわれの知識の状態は、明確な政策的な提言を行うほど進歩してはいないにしても、市場経済が達成する訓練の量が効率的かどうかについての手短な議論は、有益だろう。

 人的資本の標準理論では、訓練投資が効率よいのは、労働者たちの流動性が制約されていない場合だというのを思いだそう。この理論では、政府介入はしばしば不要で、おおむねローン市場の改善に限られるべきだとなる。それどころか、訓練への補助金は、労働者ごとに流動性がちがっている場合には非生産的となる。というのも補助金があると、流動制約のない労働者たちは、投資の限界費用が低いために効率的な量以上の投資を行ってしまうからだ。

 非競争的な労働市場に基づく理論は、ふたつのちがった結論をもたらす。まず、労働者たちがきわめて流動性を制約されているときであっても、訓練の量はベッカーの理論が予測するほど低くはならないかもしれない。それは企業が一般訓練投資の一部を負担するからだ。第二に、もっと重要な点として、労働者たちが制約されていない場合でも、訓練の量はおそらく、最善最高の投資水準よりかなり低くなる可能性が高い。

 過小投資の第一の原因は、単に圧縮賃金構造だと、企業と労働者の両方が(訓練による)生産性上昇の便益にあずかり、どちらも相手に対する影響を内部化できなくない可能性があるから、ということだ。この非効率性は、労働者と企業が賃金と訓練水準を事前に取り決めておくような雇用契約を交わせれば克服できる。

 それでも、この場合にさえ働き続けるもう一つの外部性がある。この外部性は、非競争労働市場における一般訓練が、しばしば将来の雇用主の便益となるということから諸ジル。競争的な労働市場では将来の雇用主が、労働者の限界生産増分をすべて支払うが、これとは対照的に、圧縮賃金構造を持つ労働市場では、新雇用主はもっと技能の高い労働者を雇うことで、高い利益を得ることができる。私はこの議論を Acemoglu (1997) で展開し、労働者が完全なローン市場にアクセスできて、契約上の問題が一切ないときでも、不完全な労働市場における訓練の量は最適水準以下の低さになると論じた。訓練市場の失敗の原因が、未来の雇用主に対するプラスの外部性であるなら、標準理論での政策的な対応策はまったく役に立たない。


『人的資本政策と所得分配』:section5.7

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