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『人的資本政策と所得分配』:section5.2

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5.2 教育のコスト編集

教育決定に影響を及ぼす等式の(便益とは)違う辺にあるのは、個々人が直面するコストである。ここでは、金銭的なコストと非金銭的なコストを区別するのが有益である。金銭的なコストは個々人が負担する授業料と教育を受けている期間中に負担しなければならない生活費と教育を受けている間は働かないので失ってしまう稼得所得である。これらのコストに影響する様々な政策が、教育にどのようなインパクトをもつかを議論することにしよう。ここでは、授業料を減らし、学生に奨学金(aid)を与えるのが非常に効果的だというのが文献におけるコンセンサスである、と言っておけば十分であろう。例えば、McPherson and Schapiro (1991) とLeslie and Brinkman (1987)では、高い授業料が大学入学を阻害し、奨学金(aid)が大学入学を促す、というのを示している様々な研究をサーベイしている。

 ここで、手短にこれらのコストの他の要素について触れておく;金を借り入れるコスト、もっと一般的には教育投資によって生ずる不完全な消費平準化のコスト。よく知られていることだが、完全な信用市場がある世界では、個々人は限界費用と限界リターンによってのみ決まる量の投資を行う。投資をしている期間に高い所得があるかは本質的な問題ではない。なぜなら、その時点での市場金利で借り入れて消費を平準化し、それから後で、雇用された期間にローンを返済することができるからだ。

 完全な信用市場から一旦離れると、投資の決定と消費の決定の分離は、もはや当てはまらない。極端な例を挙げると、個人が借り入れをできないケースでは、教育への投資は、その投資をしている期間の低い消費を代償として行われる。典型的には個々人は消費を平準化したがるので、つまり、非常に少ない消費をしいられるのを嫌うので、教育への投資の実質的コストはとても高くなり、教育投資は阻害されるだろう。極端なケースは、個人がまったく借り入れができず、教育を受けるだけのお金を持っていない場合であろう。 このケースでは、教育を受けるのは不可能になる。これら種々の問題が、多くの国々で生徒を学校へ行けるようにする教育ローンを設ける動機となっている。その政策は次のパートにおけるレポートでまた議論することにしよう。

ここで教育の非金銭的なコストに触れておくのも有益である。教育は金銭で捉えられる投資であるだけではなく、時間と生活設計の投資でもある。個人が学ぶことに費やす時間をどのように評価するかは、明らかにこれらの教育投資を行うかどうかの重要な決定要因である。したがって、個人が教育をどのように評価するかを決める社会的な要因と心理的な要因は教育の費用に影響を与える。これらの要因の中でもっとも重要なものは、家族と仲間の効果であろう。すなわち、個人の身近な家族と友達が教育をどのように評価するかである。これが、下町や殆ど教育を受けていない貧しい隣人の間で育つものが教育を受けたがらない傾向にある理由の重要な決定要素かもしれない。次のパートでこれらの問題に戻ることにする。


『人的資本政策と所得分配』:section5.3

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